細く赤い月は、夕闇の迫る空の色に溶けてしまいそうで、目が離せなかった。

ゾロと目が合ってしまうのを避けるように、俺は月を睨んでいた。













++ under the red moon 2 ++













「俺は…お前が死んじまうのが嫌だと思った」

話を続けるゾロが、1歩俺のほうに近づいて来る。

「でも後悔するのも嫌だ」

俺はと言えば、どう返事をすればいいかわからなくて、戸惑いを隠すのに精一杯だ。
ウロウロと泳いでしまいそうな視線を、月をにらんで留めておくしかなかった。情けねぇな、クソ。

「もし…お前がアラバスタの時みたいに血だらけになって倒れちまった時、きっと後悔する」

もう1歩ゾロが近づいて、俺たちの距離はあと1歩分。
あぁ、お月さん、俺が睨みすぎるからって折れないでくれよ。

不意にゾロが右腕をポケットから出した。
俺は不覚にも月から目を離してゾロの右手を見ちまった。その右手は開かれていて。

「おい、こっち見ろよ」

俺の左の頬に当てられた。

「俺が話してるのは、お前だぜ。…サンジ」

思わずゾロの目を見ちまった。

今考えれば、これが俺の敗因か…、いや、コイツの目の鋭さはわかってたからな。
いつも重りを振り回してるコイツの手が、繊細に俺に触れたことが驚きだった。まともに名前を呼ばれたことも。

「…なんだよ」

驚いたことを隠せなくて、悔しくて月の代わりにゾロをにらみつけたら、ゾロが口の端を持ち上げるようにしてニヤッと笑った。

「んな、にらむなよ」

すげー近くで覗き込んでくるゾロの目の力は俺がにらんででもいなければ負けちまいそうで、普段が普段なだけに、やたらとクソ〜ッて気持ちになった。

「だから、なんなんだよ!」

ゾロの右手から頬を離そうと首を振ったら、今度は左手までもが伸びてきて…チクショーにも馬鹿力で固定された。

ニヤッと笑った顔はそのままに、ゾロは続けた。

「だからな、てめぇが元気な内に言っとかなきゃなんねぇと思った」

…だから、何をだ!
やたら混乱してムカッときてた俺は、この時結構ガマンの限界だった。

なんだか知らねぇが、だらだらダラダラ珍しくも長々としゃべりやがって!っつー気持ちだ。
たまーに長いことしゃべったもんだから、要領を得ねぇ話になってんじゃねぇか!っつー至極当然の文句が口を割るとこだった。

俺はさっきまでの戸惑いとか居心地の悪さも忘れて、多分そのムッとしたのも顔に出しちまったんだと思う。


…はあぁ。今思い出しても、こう、なんつうか…くっそ〜って気分になるんだよな。


そう、その瞬間だ。
一世一代の演説を邪魔されちゃならねぇとでも言うように、ゾロは1歩分の距離を縮めて、俺のへの字型の口を押さえつける様な、キスを、した。

「…へ?」

「これが、俺の気持ちだってな」

「…は?」

「俺が、お前を好きだってこと、言っとかなきゃなって思ったんだって」

「…え?」

あんまりゾロの顔が近くにあって、俺は焦点が合わなかった。

…あんまり突然だったから、ノーミソの焦点も合わなかったんだ。

ぽかんと大口開けてたら、またゾロの顔が近づいてきた。
またキスしようとしてる、と気付いた俺は、とっさに足を振り上げた。

まさか、まさかそんなトコに当たるとは思わず…。

「ぐぇっ…?!!」

「え?!」

俺の目の前で、ゾロがしゃがんだ。いや、痛みのあまりうずくまったと言うべきか。

この光景は今思い出すと大爆笑、ふと思い出したときにも思わずニヤッとしちまうぐらい面白い光景なんだが…

この時はそうはいかなかった。

「て、てめぇ…!」

「な、なんだよ、え、どこに…?!」

どうやら俺のひざ小僧は、ヤツの股間めがけてヒットしちまったらしいんだな。

痛みで冷や汗ダラダラのゾロ。
思わぬクリーンヒットにやったぜやら可哀想やら思ってる俺。

ホント端から見てたら大爆笑してたと思うぜ。

でも。

心配になって(一応、な)顔を覗き込んだ俺に、ヤツはまだ言う。

「わ、わかったか、痛ぇ…、俺の言いたかったことは?!」

血が上った顔を歪めながらも、切れ切れにそういうヤツを見て、ちょっとも心が動かなかったと言えば、そうではないけど。

でもゾロが言ったことを理解した、っていうのと承知した、っていうのとは別の問題だろ?

「わかったけどよ…。て、お前大丈夫か?」

あまり痛そうにしてるからマジで心配になった。

「お、俺は、いいから…、ていうかちょっとそっとしといてくれ」

「おう、その痛みはわかるぜ?」

へヘッと笑いながら言ったら、ゾロの顔がもっと真っ赤になった。

「誰がやったと…?!」

言っておくが、原因を作ったのはてめぇだったんだぜ?マリモマン。
痛がるゾロがいつに無く焦ってるようで、おもしろくて俺はその原因のことは半分忘れかけてた。

「あ〜はいはいゴメンナサイスミマセン」

「…(怒)」

「でもまぁ自業自得ってやつじゃねぇのか?」

「…はぁ?!」

そっとしといてくれと言った自分の言葉も忘れてゾロが突っかかって来たもんだから、俺は売り言葉に買い言葉ってな感じで言い返した。

「てめぇがあんなことするからじゃねぇか」

床に向けてた顔を少しだけ上げて、ゾロが横目で俺を見た。

「あんなこと…?」

「キスだよ、キ…」

言わなきゃ良かった、と思っても後の祭りだ。




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